息子へ

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息子文学・・・か。

「村上春樹はいつまでも息子なんです。家長としてものを考えてこなかった(中略)。文学も政治もこの60年間、責任ある主体から逃げてきたんですよ」(猪瀬直樹「思想地図2」91~92項)。

なるほどと思った。あの心地良さは確かに「家長」とか「責任の主体」からはほど遠い安全ニヒリズムな・・

The「息子」かもしれない。少女マンガを読んだときの心地良さとも似ているとも思う。


さて。

権力によって食わせて貰っておきながら、辞する覚悟もなく法令、命令(国家、国旗)を拒否する公務員。

これも息子が親父にイキガッテ「もっとワガママ言わせてくれよ」だな。

そろそろ、通用しないし、そのような態度を生徒の面前で示すことは教育上どうなのだろう。

権利享受主体たる国民の側からは精神的自由権として履修拒否、出席拒否権は論じうるとしても

制度教育の履行者として名乗りを挙げ奉職すべき者が履行拒否することは債務不履行でしかない。


自由市民として、ソクラテスくらいの覚悟があって「悪法も法」と言って命を賭すなら、ソクラテスの勝利と言えるのだが。

勿論、国民の共有する自然な条理が当該法令を真に忌み嫌って「良くぞ言ってくれた」の前提で。


戦後の復興期ならいざ知らず、一部のエリートが大衆を牽引する未成熟国ならいざ知らず

今後、垂直分業から水平分業が進み、フラットなネットワーク社会が進展するに連れ

益々一人ひとりが「責任の主体」であることが求められる。


いつまでも「息子」ではいられないのだ。

自戒を含め。




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  1. 2012/01/20(金) 21:44:41|
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